糸島芸農アートトラベル糸島の風景 怡土庄と今津

2013年4月14日 arita Tag : ,

糸島芸農アートトラベル糸島の風景 怡土庄と今津

糸島半島の東、博多湾の西側にあたるこの地は、大陸にもっとも近く、天皇家、仁和寺、鎌倉幕府にとっても特に重要な荘園であった怡土庄の風景が残る。
怡土庄とは、本家は天皇家、領家は仁和寺(法金剛院)で、承久の乱後は鎌倉幕府が所有した怡土郡・志摩郡の二郡からなる巨大荘園である。

今津湾

井原山より怡土平野を通り博多湾にそそぐ瑞梅寺川の河口に良港「今津」が存在する。今津は、博多津に対して新しく開かれた港という意味の地名で、平安時代~鎌倉時代に 国際貿易港として栄え、怡土庄の政治・経済・交通・軍事の中心地で、中世には政所が置かれた。 誓願寺や勝福寺など、栄西をはじめとする中国に渡ろうとしていた日本人僧や、海を渡ってきた中国人僧たちの最初の活動の場所でもあった。

長浜海岸

かつて司馬遼太郎と須田刻太画伯が、この地を訪れ(『街道をゆく』)、須田画伯が「マウンテンですね」と称した岩肌が露出した毘沙門山に登る。ここからは、眼下に、広大な怡土庄の風景と、中世貿易港今津の風景が見渡せる。視線を海に向ける。延々と続く海岸には鎌倉幕府が元軍の上陸を拒むために築かせた石築地(元寇防塁)が埋もれている。そして、正面に広がる博多湾の大パノラマを見るたび、おおよそ700年前に、この湾を埋め尽くしたであろう元寇の大船団が目に浮かぶようである。

毘沙門山から博多湾を望む

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